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地固め

前置き

この記事は技術に関するものでもなければキャリア論を説くものでもありません。 ただただ、最近AIと共に開発をしていて感じている気持ち、簡単には整理できない言葉を随筆としてまとめました。

もしAIとのエンジニアリングで悩みややりきれない思いを抱えている人がいたら、この記事を読むことで少しでも助けになれば幸いです。

はじめに

昨今、AIエージェントの目覚ましい発展により幅広いシーンで活用されることが増えました。

システム開発・設計・デザインに関しても同様で、Claude CodeやCodex、Figma Makeなどこれまで手作業で行う必要のあった範囲がAIによって代替可能となってきています。

ほんの2,3年前まで生成AIは実用性に欠けており、スポットで意識的に使うことくらいしかできませんでしたが、近年の成長は著しく「このままでは人間が開発に携わることがなくなるのではないか?」とまで言われています。

では本当にそうか?

人間がエンジニアリング・コーディングをすることはなくなるのか?

大幅に減る可能性はありますが、私は「人の手からエンジニアリングは消えず、むしろエンジニアの重要性と責任が色濃く現れる時代となる」と考えています。

これはレベルによるものではなく、ジュニアでもシニアでも同様です。

「コードを書く時代は終わった」と「コードを理解し、レビューする時代は終わる」

Node.jsの生みの親であるRyan Dahl氏は2026年1月20日に「人間がコードを書く時代は終わった」と発言したことでエンジニアコミュニティの中で話題となりました。

This has been said a thousand times before, but allow me to add my own voice: the era of humans writing code is over. Disturbing for those of us who identify as SWEs, but no less true. That's not to say SWEs don't have work to do, but writing syntax directly is not it.

https://x.com/rough__sea/status/2013280952370573666


また、GitHub CEOであるThomas Dohmke氏が2月11日

「The concept of understanding and reviewing code is a dying paradigm.(コードを理解しレビューするという概念は死につつあるパラダイムだ)」

と発言し、波紋を呼びました。

https://x.com/ashtom/status/2021255786966708280


この発言は、単に「楽になる」という話ではなく、開発のプロセスそのものが「コード中心」から「意図(インテント)中心」へシフトすることを予見しています。

これらの発言を掘り下げてみましょう。

Ryan Dahl氏の発言後半にはこう書かれています。

That's not to say SWEs don't have work to do, but writing syntax directly is not it.(ソフトウェアエンジニアに仕事がないと言っているわけではない。ただし構文をそのまま書くことが仕事ではない。)

上記の発言はエンジニアの生み出す価値が変わってゆくことを示しています。 そもそもいつの時代もコピペのままや、ググって貼り付けるコードには価値がありません。 直面する課題を分析し、解決策としてコーディングすることに「エンジニアリング」の価値はあります。

つまり、仕事の中で「コーディング」という単純作業が消えてゆき、それ以外の仕事の重要性が高まる...ということではないかと私は解釈しました。

次にThomas Dohmke氏の発言の前半を見てみましょう。

In the last three months, the fundamental role of the software developer has been refactored. The incredible improvements from Anthropic, Google, and OpenAI on their latest models made coding agents so good, in many situations it’s easier now to prompt than to write code yourself. The terminal has become the new center of gravity on our computers again. The best engineers can run a dozen agents at once.(過去3か月で、ソフトウェア開発者の根本的な役割は再構築された。Anthropic、Google、OpenAIによる最新モデルの驚異的な進歩により、コーディングエージェントは極めて高性能化し、多くの状況で自らコードを書くよりもプロンプトを入力する方が容易になった。ターミナルは再びコンピューター上の新たな重心の座に返り咲いた。最高のエンジニアは十数体のエージェントを同時に稼働させられる。)

Yet, we still depend on a software development lifecycle that makes code in files and folders the central artifact, in repositories and in pull requests. The concept of understanding and reviewing code is a dying paradigm. It’s going to be replaced by a workflow that starts with intent and ends with outcomes expressed in natural language, product and business metrics, as well as assertions to validate correctness.(それでもなお、ファイルやフォルダ内のコードを中核的な成果物とし、リポジトリやプルリクエストで管理するソフトウェア開発ライフサイクルに依存している。コードを理解しレビューするという概念は、消えゆくパラダイムだ。代わりに台頭するのは、意図から始まり、自然言語で表現された成果物、製品・ビジネス指標、正しさを検証するアサーションで完結するワークフローである。)

この後の文章は新しく立ち上げた企業の紹介にシフトしており、一種のポジショントークとも見えますね。

注目すべきは 「最高のエンジニアは十数体のエージェントを同時に稼働させられる」 という発言です。 いまや企業プロダクトのみならずOSS、SaaS等でも多様なAIエージェントが提供されています。

これからの世界でAIエージェントはIDEやExtensions同様あたり前に使われていくことが見えてきています。

直面する現実は受け止めつつ、「次」を考える

AI×開発という組み合わせについてほかの人に話すと様々な反応が見られます。

「AIは○○○という部分が弱くて使い物にならない」 「このAIエージェントは品質が十分ではないので使えない」 「そもそもAIを使った開発はつまらない」

「AIエージェントに全て任せるならコードの可読性は必要なのか?」 「今はできない領域でも、そのうち進化してできるようになるだろう」 「AIが開発で役に立たない、という人は全然使いこなせていない」 「AIを使いこなすには寛容にならないといけない」

これらの意見はそれぞれのポジションや担当するプロジェクト、普段交流するメンバーによって組み上げられたロジックであり、どれも納得できる主張でした。

様々な主張が様々な立場から行われており、どれが間違っているという話でもないと思います。 言えることがあるとすれば 「技術は日々進化し、世界は変化し続ける」 です。

今まさに直面している大きな変化に適応するのか、どんな状況でも変わらぬ価値を提供し続けられるかは自分次第です。

毒も薬もAIも喰らって土台を固める

漫画「刃牙」のとあるページに、こういうセリフがあります。

防腐剤...着色料...保存料...様々な化学物質 身体によかろうハズもない しかし だからとて健康にいいものだけを採る これも健全とは言い難い 毒も喰らう 栄養も喰らう 両方を共に美味いと感じ血肉に変える度量こそが食には肝要だ

私はこのセリフを気に入っており、仕事やプライベートで「これやるべきかな」と迷った時はこのセリフを思い出しています!

AIが普及するからといってドキュメント、技術書を読み漁ることが無駄とも思いません。 AIに関する技術や論文、新しいアプローチを追い続けることが無駄とも思いません。

仮にAIがエンジニアリングの焼畑であったとしても、それすら喰らって土台を固めてゆき、自分だけの強みを出していければ良いのではないでしょうか。

世界はポジショントークに満ちている。ならば馴染みやすいトークに便乗してしまおう

極論ですが、世界のあらゆるコメントはポジショントークだと考えています。 言葉の重みや背景にどれだけ心動かされるか、納得できるかで人は動きます。

客観的に見て「これ極端な発言だなー」と思うコメントでも、特定の層にとっては心惹かれ、魅力に溢れた言葉であることは少なくありません(自覚しつつ、自身が惹かれる言葉も誰かにとっては極端なのだろうと)

誰でも発信でき、かつ情報量が多い世界。 あまりに人によって話していることが違い、何を信じて進めば良いか迷うことも多いです。 乱暴な言い方ですが、どうせ判断できないなら自身の価値観と合う言説に乗っかってしまいましょう。

そういった選択の連続が自分だけの価値を作り出すのだと信じ、これから地を踏み固めながら進んでいきます。


最後まで読んでいただきありがとうございました。